2014年9月23日火曜日

9月23日、バリ島北のLovinaにいます

9月21日にバリ島北部のLovinaに到着。アンカー停泊しています。
 
ここはラリー参加メンバーがインドネシアの滞在期間延長手続きをする所で、今は35艇が停泊しています。我々はLombok島で済ませたので、ここでは手続きの必要はありません。
 
町のレストランで、素敵な活動をされている方に出会いました。掘さんという方で、この町に毎年2回来て小学校で活動の援助をされています。もう8年も続けられていて、本来の先生が授業を掘さんに頼んで、家に帰るという事もあるそうです。まさに、草の根外交官。Uminekoにきてもらって、カタマランヨットというものを見て頂きました。
 
ここの観光名物はイルカです。ビーチの真ん中にイルカの像があります。今朝は、地元の漁船に乗ってイルカ見物に出かけました。
 
午前6時に幅の大変狭い、60cm位、船体の両側にアウトリガーを付けたインドネシアスタイルの漁船がUminekoに迎えに来ました。誠に幅の狭い船で、船上の移動はアクロバット。沖に出ていく途中で太陽が島影から上がります。海上の日の出と日の入りは何回見ても飽きません。
 
イルカの群れが発見されると何艇もの見物艇がそちらに全速が走っていきます。これじゃ、イルカはゆっくりできませんね。毎日の事でしょうが、それでも時々高く飛び上がって、目を楽しませてくれました。
 
ここで再びバリ島の観光を行い、9月30日にオランウータンの待つカリマンタン島に向かって出発します。





2014年9月20日土曜日

9月20日、観光してます。

コモドドラゴンの報告から半月以上も経ってしまいました。コモドドラゴンに食われたのではないかと一部の方にはご心配をお掛けしました。ちょっぴりサボっていました。ご勘弁を
 
コモドドラゴンの島を出発後、その西のスンバワ島の北側を通り、さらに西のロンボク島のその西にあるMadena Bay Marinaに入ったのが、9月5日。ダーウィンを7月26日に出て以来の桟橋のあるマリーナです。桟橋の収容数は少ないですが、オーナーのピーターさん、アチャさん夫妻をはじめ、スタッフはとっても親切で居心地のいいマリーナです。
 
平日の午後、日曜日はふりちんの少年達がUminekoの前で水遊びに来ます。浜辺に60フィート位のアルミのヨットが鎮座しています。どうやって上げたのでしょうか?不思議です。
 
ここは安心して船を置けるので、バリ島、ボルブドールのあるジョグジャカルタ、ロンボク島の観光をしていました。ビザの延長手続きもここで行いました。その間に、マリーナで久々のロンボク北ガバメント主催のディナーに招待されました。地方の音楽、舞踊を見せてもらい、バフェ夕食が続きます。儀式の中で、招待客代表でお礼の言葉をインドネシア語で語る役が私に回って来ました。
理解して頂いたか? 
 
マリーナを本日出発。現在はバリ島の東端の浜にアンカーを打っています。南西には再び富士山に似た山が。落日から放たれた光が綺麗でありました。






2014年9月2日火曜日

9月2日、コモドドラゴンを見てきました。

今回の旅で見るべきインドネシアの動物はコモドオオトカゲ、通称コモドドラゴンとオランウータンです。オランウータンはここだけではないので、コモドドラゴンが動物のハイライト。これ見ずしてこの海域を去る事は出来ません。

インドネシアに入った時に貰ったウェルカムパッケージの中にコモドドラゴンのDVD(ナショナルジオグラフィック作成)があったので、前日に見て予習です。怖い動物です。卵から帰った自分の子供も食っちゃう(為、子供ドラゴンは孵化したら直ぐに木に登ります)、自分の10倍以上もある水牛を食っちゃう。これは噛みついてバクテリアか毒を相手に入れ、それが効いてきて弱るまで2週間でも3週間でも追跡し、抵抗できなくなるまで弱った所で食いついて、肉はもちろん、骨も皮も食っちゃう。普段はゆっくりと動き油断させ、噛みつく時は突然早く動く。

コモドドラゴン見物が出来るのはFlores島の西に位置するKomodo島とRinca島。Rincaの方がドラゴン密度が高いとある本に書いてあったので、8月30日にRinca島に向かいました。風向明媚なコモド国立公園、島々が点在し、白砂の浅瀬は太陽の光でコバルトブルーに輝いています。
 
Rinca島の奥まった入り江にアンカーを打ちます。ここには桟橋があります。テンダーを桟橋に着けて、上陸。600m奥にあるレンジャー事務所に向かいます。ここで各種の支払です。船の入場料、人間の入場料、カメラ持ち込み料、シュノーケル遊び料、それに国税が加算されて5000円強。コモドドラゴンが動くのは朝という事なので、翌朝7時に見物をスタートする事にしました。
 
レンジャーは1人で最大5人の見物客を案内します。10日島に泊まり込みで連続稼働、後は10日の連続休暇というスケジュールで動いています。毎日30人のレンジャーが待機しています。全員が2m程度の長さで先がY字に開いた棒を持っています。
 
コースは2時間のロングと1時間のミディアムと40分のショートの3つ。辻野さんがロングと言って、ロングで決まり。レンジャーが先頭と最後に付き、14人のSail Indonesiaグループを案内します。レンジャー代3人分払った筈だけど。
 
歩き始めると、水牛の大きな糞が新鮮な物から干からびた物まで沢山転がっています。この島のドラゴンの主食は水牛との事。空には鷹が飛んでいます。鹿ファミリーがいました。次はドラゴンの足跡。遠くの高台に水牛を発見。野生の豚も出てきました。しかし、ドラゴンはいません。水溜まりに水牛の骨が転がっています。3週間前にドラゴンに食べられた水牛の骨です。

1時間半歩いてドラゴンは足跡だけ。ひょっとして今日は駄目かという思いが頭をかすめます。ドラゴンのエサは見たが、肝心のドラゴンはどこに?この島には800から1200のドラゴンが居るはずなのに。レンジャーが、卵を生んでその上に乗って守っているメスドラゴンを見せると言います。良かった、一匹は見れる。
 
体調1.5m位のドラゴンが腹這いになって廻りを見ているのを見る事が出来ました。7mの距離を置いて見学、撮影。動きは首と顔のみです。
 
そのすぐ近くで今度は大きな水牛を発見。すぐ近くで迫力です。大きい。レンジャーのルイス君、今度は宿舎の近くに居る事があるので、見に行こうと案内します。小さいのがいました。2歳、体長は1m位。良く動いてポーズを取ってくれます。さらにもう一匹の小型がいました。最後にレンジャーの宿舎に行くと居る居る。大きなドラゴンが7匹。

なんだ、2時間も歩かずに、レンジャー事務所の奥のこの宿舎に来れば、すぐ見れたのでないか?
 
帰りにテンダーを見たら、猿が座っていました。猿はドラゴンのアパタイザーだそうです。

















2014年8月28日木曜日

8月28日、Labuanbajoに到着



8月17日にLambata島を出港。島々の北側をホッピングをしています。一日40-50海里を西に移動しては適当な泊地、北東からのウネリが入らず、かつ安全に錨を打てる所を探しながら進んでいます。
 
昨日午後にFlores島の西端にあるJabuanbajoという町に到着しました。停泊しているのはこれまでと違って大変遠浅の浜です。テンダーのエンジンが底に当たってから水際までが長い。底は砂・泥で錨効きは良いので安心です。位置は南緯8度31分、東経119度52分。ここはコモドドラゴン(コモドオオトカゲ)観光の基地です。
 
移動の途中、3色カルデラ湖のあるKelimutu山登山--といってもほぼ山頂まで車で行って20分程度歩くだけですが。頂上には風呂敷を広げた商人が2人いてお菓子、果物、飲み物、カップ麺を売っていました。
 
又、Monというi村の郊外にある温泉も訪問しました。温泉は湯が川になって流れるほどの大量の湯が湧いています。バヌアツ以来の温泉でリラックスしました。
 
どちらも山道を車で3-4時間走ってたどり着くのですが、途中には棚田、田植え、牛、山羊、水牛という風景が点在し昔子供の頃に見た景色を思い出させてくれます。富士山に似た山がここにもあります。
 
27日は携帯電話の電波の無い小さな村の沖に停泊。上陸してみると、船大工の家の前で材木から木船を作っている最中でした。この船の工期は一か月程度です。学校の先生が現れて通訳と村を案内してくれました。村を歩くと子供がぞろぞろとついて来ます。最後に記念写真をとってさようなら。























2014年8月16日土曜日

8月16日、Lembata島

Karabahiでは山岳民族の村を訪問し、夜の歓迎式典ではAlor島の民族衣装を着せられてファッションショー。辻野夫妻、なかなか似合ってますね。
 
8月11日にKarabahiを出発し、途中2泊し13日にLambata島の首府、Lewolebaに到着。富士山か開聞岳に似た山2つに囲まれた泊地です。夕焼けは赤富士の如く。
 
ここでも歓迎式が準備してあって、小学生、中学生、高校生、地域伝統舞踊保存会、奥様コーラスを総動員。力の入った式典でもてなしを受けました。ここの子供もいかにも子供らしい、ちょっと恥ずかしがりでカメラを向けると撮って撮ってと集まって来ます。
 
16日はこの島の南にある誠にユニークな漁村、Lamalera村を訪問しました。ここは地球の歩き方によると世界で唯一の伝統的捕鯨が認められている村という事です。500人が捕鯨で生きています。

伝統的捕鯨法とは、小舟の舳に長いモリを持った勇気の塊のような人が乗り、クジラに近づいて飛び移りつつモリをクジラに打ち込むという大変に危険な取り方です。年に30頭位が上がるそうです。仕留めたクジラは帆船で浜に運び、浜で解体。それを村人全員で分けるという事でした。

ここには民宿が4つあって、その一つにドイツ人のカップルがいました。8日間滞在していて、1回クジラが浜に運ばれるのを見たそうです。但し、解体は見せてくれなかったとの事。残酷な写真を取られて、世界に報道され、禁止の動きとなるのを防ぎたいのかもしれません。ここの500人は捕鯨でしか生きる道を知らないのですから。
 
浜辺には茅葺の舟屋が端から端までびっしりで、インドネシアで見た他の漁村とは全く違う雰囲気でした。舟屋の屋根の下、村の木にはクジラ肉が沢山干してありました。クジラの骨、イルカの骨も村内のあちこちに転がっていました。日本人で小太郎という人が毎月この村を訪問しているそうです。
 
訪問した時に飛び魚を取った帆船が帰って来ました。子供たちが群がり、飛び魚の目玉の周りををきゅっと押さえ目玉を飛び出させちゅっと目玉を吸って食べていました。もちろん、生です。新鮮なDHAを直接摂取。頭がいいのかなあ、ここの子供達。
 
ここで、干したクジラ肉を買いました。250円。さて、どうやって食べるのか? 調理法をご存知の方がいれば教えて下さい。




















2014年8月9日土曜日

8月9日、今はAlor島のKarabahiです。

8月5日のTimor島、Winiでのレセプションに出席しました。招待客の主役です。6艇のヨットがWiniには停泊したのですが、招待を受けた夜の席に出席したのはたったの4人。

Winiの泊地はウネリが大きく、上陸する浜が急に深くなっていて小さな巻き波が立ち、テンダーから上陸、その逆時には腰から下はずぶ濡れになる覚悟が必要です。この為にUminekoの3人と会の幹事役をやったオーストラリア人、アラビアのロレンス似のアンドレさんのみが出席となりました。

行く前に浜で他のメンバーを待っていたら、一人の現地の人、ロニーさんがバイクで自宅へ案内してくれ、水浴びとコーヒーをサービスしてくれました。島民の風呂を初めて体験。誠に親切。お金などは全く期待していません。

Winiの町役場の広場で会は催されました。地元のダンスが披露され、ひとつのグループが終わる毎に一緒に記念撮影。最後に皆で手を繋いで輪になって簡単な踊りを踊って終わり。合間に音楽が流れ、勝手に踊るのですが、これがサンバのリズム。ブラジルサンバでなく、日本のダンスで踊られるバウンスの入ったサンバです。ステップもサンバと一緒。若い子に交じって楽しみました。広場には遠巻きの観客入れて300人位は集まっていました。

誠に純朴な人たちが、遠来の客を村全体で歓迎してくれました。今まで2年半廻って来ましたがこれは今までにない体験です。感動しました。

6日にWiniを出港、北に向かい、3ノットの逆潮に悩まされた後、Alor島の西海岸に一泊し、7日の昼過ぎにAlor島で一番大きな町のKarabahiに到着。深度13mに錨を打ってます。位置は南緯8度13分、124度31分。気温は昼で30度超、夜で26度程度。湿度は低く寝やすいです。

8日は一日ツアーで山岳民族の村と訪問、シュノーケルで遊んだあと、カーニバルの開会式を見に行く予定でしたが、開会式は急遽、9日に延期になりました。この、急に日にち、時間が変わるのがインドネシアの特色の様です。