2016年4月20日水曜日

4月20日、コタキナバルに着きました。

4月13日、ポートバートンからサバンに移動します。サバンはフィリピン最後の停泊地。
昼過ぎに着きました。遠浅の浜辺です。水が綺麗。今までの浜の中で水の透明度が
一番です。双眼鏡で浜辺を観察すると、マッサージ屋が3件、並んで浜に店を出しています。
迷わず、その沖に錨を入れます。


暫くすると、Uminekoは現地の観光ボートに取り囲まれました。同じデザインの細い船体に
両側にアウトリガーの着いた現地の船です。

翌14日、日本の高級車ブランドにXを追加した会社のバンで島の反対側にあるプエルトプリンセサに
向かいます。フィリピン出国の手続きの為です。バンは街はずれのターミナルに着き、そこからは3輪車を
雇って、市内に向かいます。

税関に行ったら、先にイミグレに行けと言われ、お店の2階にある判りにくいイミグレ事務所に行ったら、
各人のパスポートの顔写真部と入国スタンプ部のコピーを要求されます。
近くのコピ―屋を探して再びイミグレに行き、パスポートの出国スタンプを貰います。
次にマッサージ屋の2階にある税関に行きます。再びパスポートコピー。
今度は全員の顔写真部と出国スタンプのあるページ。
教えて貰った近くのコピーやは休み。3輪のお兄さんに探してもらって、雑貨屋でコピー。雑貨屋には
木炭を入れるタイプのアイロンが新品で売られていました。


コピーを税関に持ち込み、ポートクリアランスという書類を貰って、やっと手続き終了です。
帰りのバスまで時間があったので、当地のアバニコヨットクラブを覗きます。南の島のヨットクラブらしい
ヨットクラブ。隣の現地の船からは、子供達海にが飛び降りて遊んでいます。
今のオーナーは1年前にここを買ったというアメリカ人のティムさん。
海上係留船の面倒を見るので、いつでもいらっしゃいという事でした。
こに地の不動産価格は上昇の真っ最中でありました。


最後の日、15日は世界遺産である地底の川の探検です。世界遺産だけでなく、新・世界の
7不思議のタイトルも持っている場所です。ここに来るまで、そういう所があると知らないのは
呑気なヨットマン体質。
合計で1000ペソ近くかかりましたが、素晴らしい。フィリピンクルーズの最後を飾るにふさわしい
珍しい洞窟探検を満喫できました。パラワン島に来たら見学必須です。
個人に配られる案内装置には日本語もありました。












さて、フィリピン南部は反政府活動組織が身代金誘拐活動を行っている危険地区。
パラワンの南部も危険地帯で2年前にドイツ人夫婦が捕まっています。解放まで半年。
捕まったら、誰が一番身代金を出せるか、、なんて考えながら、日程が狂うのも困るので
捕まらない様に、情報統制。FBにもブログにも、15日に出発してコタキナバルに向かうと
いう事を書かない様、徹底。15日の午後4時に出発しました。パワランから30マイル離して
沖合を通ります。AISの送信は行わず、16日の夜は航海灯も点けません。
15日、16日は追い風、船の速さと同じ。船上は風無に感じ、暑い事。エンジン使用。
16日の夜から風がはいり帆走。18日の朝に止んでエンジン始動。
富士山より高いキナバル山の稜線が朝日に照らし出され、到着が近い事を教えてくれます。

18日、午前9時38分、コタキナバルのステラハーバーマリーナに到着。暑い。熱い。
風通しを考えて桟橋の端に停めさせて貰いました。

早速、上陸して手続き開始。マリーナは入国手続きを代行してくれますが、料金が500リンギット。
15000円と高い!。断って自分でする事にしました。
2時間後、500リンギットは安いのが判りました。
イミグレへはタクシー25リンギットで行けますが、次のマリンデパートメントの遠い事。タクシーに乗れば
片道100-150リンギットの距離です。ここには入港時と出港時、合わせて2回行く必要があります。
入国時はイミグレで会ったオーストラリア人のレンタカーに同乗して交通費は掛かりませんでしたが。
19日は壊れたウインドラスの部品の発注の為に海外送金。マレーシアでは海外の銀行口座に
送金するには、マレーシアに銀行口座がある必要がある、送金の為には購入品の紙のインヴォイスが
要る、という事を学びながら、半日かけて72ユーロをキプロスの銀行に送金。
イタリアのウインドラスメーカー、ロフランズ社のサービス業務はアラブ首長国連邦にある会社に外注されていて、
その会社の口座はキプロス共和国にあるという構成。
部品が間に合うかどうか、大変気がかりです。
ステラハーバーマリーナはマレーシアでは一番いいマリーナです。
リゾートホテル、ゴルフコース、マリーナが一体となった施設で、プールが充実しています。
只、この数日の暑い日々で水温があがり、温水プールの如くです。
レストランからは水平線に沈む夕日が堪能でき、素晴らしい。
フィリピンではハロハロでしたが、マレーシアではABC。





ここで、2週間あまり休憩し、5月前半に再び、活動開始します。

2016年4月12日火曜日

4月12日、マニラからポートバートン

4月7日の午前8時50分、マニラヨットクラブを出発します。
次の停泊地はエリックさんに教えてもらったカラヌイト島とブスワンガ島の間にある
奥深い入り江。
距離は170マイルです。船長3人にヨット教師1人なので、安心して
船を任せられます。4人なので、昼夜問わず、3時間毎で交替。大変楽です。
8日の午後3時、入り江に到着。入り口近くに家が数件あったので、久々の
現地の人との交流を狙い、その近くの10m深度の所に錨を下ろします。


子供、大人の人影が見えます。以前に沢山買っていたお土産の残りがあったので、
それを持ち、ボートを下ろして浜を目指します。
他人の庭先に突然に入るような物、怪しいスマイルと、サンタクロースとか訳のわからない
言葉を発しながら、箸をプレゼント。
向うからすれば極めて異常事態でしょうね。
突然、ヨットが自宅の前の浜に停まって、異邦人が来るや、物をくれるのですから。
まあ、わるい奴じゃない、危害を加える連中ではない事を解ってもらうのが、まず必要です。
子供達には折り紙を。さらにヨット教師はにわか折り紙教師に変身し、可愛い子供たちに
折り紙を教えています。
この浜には親戚4家族が住んでいて、携帯も電波は届かない所です。今は学校が2か月の
休みで、家には子供たちがいる訳です。
その内にタコを食うか?と問われ、「食う」といったら、タコをあげるとの申し出。
いい感じになったので、2人が船に戻り、ビールとジュースを持って来てプレゼント。
タコは2匹になり、その余のアパタイザーとなりました。ちなみにタコブツと唐揚げに
なりました。


翌朝、7時50分抜錨。南下してエルニドに向かいます。
いい風とエンジンとの共同作業で、何とか真っ暗になる前にエルニドに到着。
2-3mの浅瀬が広がるアンカーにやさしい停泊地です。


今日は土曜日。あっちこっちから大音響が聞こえてきます。
 夜空は相変わらず、北極星と南十字星の共演。海には夜光虫。
10日の午前中にエルニドの町を見物。
海から大きな岩盤が突き出た島、半島が多く、タイのパンガーベイに
似ています。水はこちらの方が綺麗でしょう。
ピンクの花が綺麗でした。



マッサージマニア佐藤はマッサージを
試します。


若い白人、それも欧州からの若者の観光客の多い所です。
午後には半島の反対側、南側のコロンコロンベイに移動。
マーケットで買い出しをします。

台湾のFB友人お勧めのお店で落日を楽しみ、晩御飯。



帰りは干潮で浜辺が出て、ボートを長距離運び、海に入ると遠浅、更にウニ地区を
歩いて横切り、全員ウニの被害を受けます。

水深がボートに人が乗れる深さになって後
沢山のサンゴが行く手を阻み、ボートは底にかすり傷を負います。
翌日はボアヤン島に移動し、夕日の見える西側の湾の奥にアンカリング。
その作業中、急にチェインが走り出し、制御不能に。ここは深くてチェインを60m出してるんですが。

調べると、電動チェイン巻取り装置(ウインドラス)の鋳造部品が塩で腐食し
2つに割れていました。2013年の11月に買った新品が2年半で割れるとは!
メーカーのロフランに対する印象が変わりましたね。やっぱり、イタリアか。

狙った通り落日は美しく、この問題を一時的に忘れさせてくれました。
その後は、錨の揚げ下ろしは手動に切り替わっています。ちょっとしたエクササイズです。
12日は2時間南下してポートバートンという浜辺に到着。遠浅の砂の浜です。
ウニもサンゴも無いのが嬉しいですね。水深2mちょっとの所に錨を入れています。
昼、夜は陸上のレストランの高い位置に上げた席で美味しく頂きました。
ここで床屋に行きました。100ペソ、250円でした。
フットマッサージも試しました。1時間300ペソ、750円でした。


ここも若い白人の観光客が主の観光地です。

2016年4月7日木曜日

4月7日、プエルトガレラヨットクラブ、プンタフエゴヨットクラブ、マニラヨットクラブ

ポルトガレラにはヨットクラブがあります。
 
湾の右手の奥、マングローブの林の中から桟橋が出ていて、そこが入り口です。
ちょっと、小型ヨットを借りて遊ぼうという事になり、ヨットクラブに借りに行きました。
 
桟橋の奥の静かな所に、立派な2階建てのクラブハウスがあります。
一階は事務所、トイレ、シャワーで2回がレストランという構成。
Wifiもあります。
 




小さな2人乗りの小型ヨットを借ります。地元のガキ、いや、少年達も同じヨットで
練習の様です。
ジブセール(前帆)を引くロープには引っ掛からない留め具があり、メインセール(主帆)
を引くロープはブームから出ているのを直接手で握ります。
舵棒とエクステンション棒は金属、プラスチックのジョイントで無く、短いロープで繋がれている
のみです。
水遊びにはこれで十分。最後はひっくり返って、少年に助けてもらうヨットもありました。


 
夕暮れ前に楽しんだポルトガレラを出て、50海里北西にあり岬に向かいます。
満天の星の下、夜光虫で一杯の海を静かに進みます。
風は後ろから穏やかに船を押してくれ、ドタンバタンはありません。
素晴らしいナイトセーリング。ヨットで来て良かったと実感する場面です。
距離が短いので、わざとゆっくり進みます。
 
朝になり、プンタフエゴヨットクラブの沖合に到着。ヨットクラブのある河口に
船を進めます。ここでは、ヨットクラブの前に錨を打っての錨泊。タダです。


ここは小さな半島全体が、リゾートになっていて、ヨットクラブはその施設の一部。

海岸沿いには立派な別荘が立ち並んでいました。
タダシャトルに乗って、リゾートの本館見学。レストランでハロハロを頂きました。
鹿児島が白熊なら、フィリピンはハロハロ。グニョグニョしたものと紫のアイスクリームの
乗ったカキ氷。甘く煮た豆も入っています。

 
漁師の夫婦は伊勢海老を売りに来ました。生きています。暑いので飛び跳ねる元気は
無いですが、手足は動いています。
値段交渉を楽しんだ後、4匹を1500ペソで購入。
全てねっとりと甘いお刺身で頂きました。
伊勢海老はこれが一番ですね。
 
マニラに入る前の最後の夜は誰もいない湾に行こうという事で、グーグルマップの航空写真を
頼りに現地調査。
条件は綺麗な水、陸側に家が無い、落日が見える。
4つの入り江をチェックし理想的な入り江が見つかりました。
ドラドコーブという名が付いています。
その水深6mに錨を入れます。
 
いや、錨泊に理想的な所でした。取り囲んでいる岸壁にはいくつもの洞窟があり、小舟で
入れます。落日は美しく、夕食は落日を眺めながら冷やした豚のしゃぶしゃぶとパエリャ。
感動ですねえ。






 
4月5日はマニラに向かいます。風は正面から。波も有って午前中はドタンバタン。
午後は風も落ち、静かな海面になりました。
マニラに近づくと、海上には沢山の網小屋が建っています。インドネシアで見た物と全く同じで
竹で作った箱の下の網を上下させて魚を獲る施設です。
それとバックの高層ビルとの対比が面白い。
 

マニラヨットクラブは古い歴史のあるヨットクラブです。が、聞いていた通りどぶ臭い。
桟橋に空きが無く、少し離れた所にある岸壁近くに柱とブイに係留ロープを掛けています。
悪臭はここまで来ないので、悪くありません。



 
紅一点、杉崎さんはここで下船して現実の世界に戻り、石垣島で下船した小島さんが

乗船。7日の朝に出発してパラワン島に向かいます。